制作ノート

『手描き』:監督コメンタリー

2026年9月14日

過去の​長編脚本と​AIを​めぐる​反発から、​Higgsfield映画祭に​向けて​完成・​公開した​短編『手描き』までの​個人的な​制作記録。

制作アニメーション脚本絵コンテ
暗い部屋で画材と半透明のインターフェースに囲まれたアニメーターを描く『手描き』の縦長ポスター
『手描き』のポートレート・ポスター。

完成・公開版。英語字幕は映像に焼き込まれています。

『手描き』とは何か

『手描き』は日本語で hand-drawn を意味します。この短編は、AIによって大きく変わった芸術の世界を生きるアニメーターの話です。彼女はAIと自動化を強く拒み、配信で絵を見せる彼女の観客も同じ考えを持っています。

彼女の親友は機械学習エンジニアです。散らかった部屋で夜遅くまで働く彼女を見て、エンジニアの友人は自動化できる作業があると考えます。友人は彼女の絵を使って、本人のコンピューター上で、外部に公開せずに試します。しかし、本人の同意はありません。助けのつもりの行為が二人を衝突させます。

その後、アニメーターは自分でツールを一度試します。関連するタブを閉じ忘れたまま配信を始めたことで、視聴者はAIツールに気づきます。疑いはすぐに、以前からAIを使っていたはずだという決めつけへ変わります。コメントは説明より速く流れ、彼女は配信を途中で止めます。それでも疑いと嫌がらせは続き、やがて仕事にも影響します。

彼女は、自分がもうAIアーティストだと思われているなら、そのAIで、AI使用を疑われたことでネット上の誹謗中傷を受けた人の映画を作ろうと決めます。彼女の映画では主人公が男性になり、その映画はAI映画祭へ提出されます。私が『手描き』を作り、映画の中で彼女が別の『手描き』を作る。性別を変えた反復が、その入れ子を見える形にします。

この短編は、最初からAI映画ではなかった

『手描き』は、2023年末から2024年初めごろに書いた長編脚本の転用です。元の主人公は、エンジニアからアニメーション監督へ転身した、過労の監督でした。夢だった仕事に入っても、上司の細かな介入と管理・マーケティング上の要求で、創作の自由は失われていきます。元の物語では飲酒が悪化し、身体を壊しても夢を手放せず、最後には病院のベッドで死に近づきます。うまくいった独立映画の人生は、彼女が見た幻でした。

日本語タイトルと2人のキャラクターを描いた手描きアニメーションポスター
手描きによるオリジナルポスター。

長編の中心には、エンジニアに残った親友との関係もありました。友人は、夢が彼女を壊しているなら、なぜそこに留まるのかと問い続けます。それでも彼女を支え続けます。新しい短編では、工学とアニメーションの対立が、自動化、AI、創作労働、同意の問題へ置き換わりました。キャラクターの一部のデザインと過去も、元の企画から受け継いでいます。

オリジナルのCTタイミング・アニマティック、17分2秒。

その長編には、私が長く関わった企画を手放さなければならなかった経験の感情も流れています。権利や組織の事情を理解していても、自分の人生を注ぎ込んだ作品を失う痛みは消えません。必要な資金を集められず、脚本は数年眠りました。その後、AIをめぐる自分の矛盾が、このタイトルに新しい場所を与えました。

6人のキャラクター名を添えた手描きキャラクターデザインシート
オリジナルの手描きプロジェクトのキャラクターデザインシート。

手で学んだ人間として、機械を使う

私は伝統的なアーティストであり、同時に本業では機械学習エンジニアです。解剖学、描画、アニメーション、脚本、絵コンテ、映画制作を何年も学んできました。Stable Diffusionや生成動画のシステムが現れたとき、エンジニアとしての興味だけでなく、アーティストとして、これまで学んだことは何だったのかという恐れを感じました。何かを作りたくない月もありました。

5RPSは、私が脚本、監督、制作、資金を自分で担う長編映画です。ベンチャーキャピタルをだますテック系創業者たちを描いています。二つの仕事の外で、アーティストやスタジオ、声優、作曲家に自分の貯金から支払いながら、約2分の予告編に一年を使いました。背景が大きなボトルネックになったとき、予算と時間を考え、背景の一部にGeminiを使うことを決めました。利用は公開しました。

予告編への反応は、AIが一部で使われたという一点で変わりました。人が描き、手を入れ、複数の作り手と調整し、対価を支払った一年分の工程は見えなくなりました。さらに、私が知るアニメーターがAIを試したことで、知人から遮断され、コミュニティを離れざるを得なくなった経験も聞きました。私はその人の名前や具体的な仕事をここでは出しません。

だから『手描き』はAI賛成か反対かを決める映画ではありません。学習データ、環境負荷、仕事、安くなる生成が創作労働に与える影響について、怒りや懸念があることは理解しています。同時に、私はこの技術を理解し、使い、そこから傷つきもしました。二つの立場を同時に生きていることが、この映画の核です。

車の中で始まった映画

Json CunananからHiggsfieldがAI映画祭を開くと聞き、最初は一日だけのハッカソンを考えました。8月半ば、5RPSの制作を二週間だけ止めて、絵コンテの練習をするつもりでした。Json 約1時間半の車内で、私はChatGPT Voiceを文字起こしと会話相手として使い、ジャンルから考え始めました。やがて、すでに『手描き』があることに気づき、元の脚本、友人の経験を通じて聞いた反発と私自身の経験、そして私が知るアニメーターの経験を一つの短編に結びました。到着した時にはビートがあり、Json Cunananに話すと、彼は気に入ってくれました。

車は、私にとって一時的な執筆スタジオの一つになっています。走りながらの音声対話が、作業用のアウトラインへ変わっていきます。

照明の点いた車のダッシュボードと、映画企画の概要を表示したスマートフォンが写る暗い車内
車内が一時的な執筆スタジオとなり、スマートフォン上で企画の概要が形になっていく。

一日で完成させる計画はすぐに壊れました。最初は自分の絵を入力できないと誤解し、約2時間かけて生成だけでキャラクターを設計しました。ビートをCodexに渡して、ビートごとにSeedanceの映像を一本作ればよいとも考えました。しかしビートはショットではありません。一つのビートに含まれる情報、感情、視点、リズムを一本へ押し込めた映像は、急ぎ足でつながりませんでした。

帰宅後、Codexに脚本を書かせる試みもしました。形式は整っていても、感情がありませんでした。編集しているうちに、私がほとんど書き直していると気づき、脚本は自分で完成させました。AIには整形、翻訳、整理、後の分解を手伝ってもらいましたが、ドラマとしての脚本と演出は人が引き受ける必要がありました。

私は、ラフボード、手動の演出、制作プロンプトを一つに保つための、絵コンテからテキストプロンプトへつなぐElectronアプリも作りました。

ラフボードのシーケンス、寝室ショットのサムネイル、ショット詳細、手動の制作メモを表示した絵コンテ制作アプリ
絵コンテ、手動演出、制作プロンプトを確認する、寝室ショットの絵コンテからプロンプトへのワークフロー。

元は11、12ほどあったシーンを、二週間で終えられる6つの短いシーンへ圧縮しました。3Dのラフな環境やラフ絵コンテも試しましたが、生成結果は入力の粗さをそのまま受け取り、画面が平たくなりました。

プロキシ人物、テーブル、カメラリグ、ライティングガイドを配置した部屋の俯瞰3D実験を表示するBlenderビューポート
アニメーション前に、部屋、プロキシ人物、カメラ位置を確認する3Dブロッキング実験。

Json Cunananは試行を続け、きれいな背景プレートが環境を定める効率のよい方法だと見つけました。

背景プレートを使った環境設計の比較
背景プレートで環境を先に定める制作資料。

私が絵コンテを省いてテキストだけで進めると、技術的には速くても、映画のペースは悪くなりました。

絵コンテと生成結果の制作実験グリッド
絵コンテと生成結果を比較した制作実験。

アニマティックを唯一の基準にする

この失敗で、絵コンテはモデルへの入力画像ではなく、演出そのものだと分かりました。情報をいつ渡すか、人物をどこに置くか、視線と画面の側をどうするか、反応にどれだけ時間を与えるか。これらはテキストだけでは自動的に映画になりません。私は全編を最後までつないだエンドツーエンドのアニマティックを作り、各ショットのプロンプトと制作情報を対応させました。

手描きの絵コンテを並べた制作シート
後の制作で使った手描き絵コンテ。

字幕付きペーシング・アニマティック。

アニマティックには、一つ前と一つ後のカット、尺、間、芝居の意図がありました。必要なら、すでに使える映像を取り込み、その尺に合わせて組み替えました。Json Cunananは抽象的なビートではなく、時間のある設計図を見て、生成、編集、ポスト処理を進められました。本業が忙しくなった私が演出に必要な判断へ集中できたのは、この分担があったからです。

ラフな絵から仕上げ用キーへ進む制作比較
後の制作で、ラフを仕上げ用キーへ整理した比較。

これはAI以前に一人で映画を作っていた方法にも戻っています。絵コンテを描き、自分で仮の声を録り、仮の音楽と効果音を置き、最初から最後までの粗い映画を作る。『手描き』ではElevenLabsで仮のキャラクター音声を作り、タイミングと台詞の間を確認しました。粗い素材を後で置き換えるために、映画全体を先に作るのです。

ペース調整用の映像比較シート
後の制作で、ペースと現行映像を比較した資料。

脚本がドラマを決め、絵コンテが画面を決め、アニマティックが時間を決める。そこへプロンプト、プレート、キー、動画モデルが入ります。『映画を作って』ではなく、『この映画のこのショットを作って』と頼める状態にしたことで、生成映像は初めて映画の材料として扱えるようになりました。

手で画面を読み、試行を増やす

Json Cunananはワークフローを調査し、背景プレートの方法を見つけ、プロンプトを磨き、多くの生成とポスト処理を担当しました。素材の編集とペースの整理、後半のカット、最終的な音楽と編集も彼が主導しました。私は物語、脚本、書き直し、絵コンテ、全編のアニマティック、ペース、ショットの意図、レビューと最終選択を担いました。

終盤の約3日間、Json Cunananが自分の仕事で手を離していたため、私は生成を見直し、Higgsfieldのクレジットを自分で追加し、足りないカットや使えないカットを作り直しました。何度も生成する代わりに、フリーズフレームで時間を直すこともありました。私が進められるところまで押し、彼へ戻して、残りのカット、編集、ペースの整理を進めてもらいました。完成まで、レビューと修正を繰り返しました。

音楽では、私は感情と配置を監督しました。もっと抑えたピアノの響きがほしい、どの映画の空気を見てほしい、この場面には音楽を置かない、と伝えました。音楽の理論と技術に長けたJson CunananはSunoで候補曲を作り、私は車の中で聴いて、シーンに割り当てる曲と空白を選びました。彼が最終的な音楽生成と編集への統合を進めました。

配信、チャット、通知、翻訳、嫌がらせの画面は、生成モデルに任せられませんでした。正確な文字とタイミングが、彼女が会話の主導権を失う速度を伝えるからです。私は観客コメント、チャット、通知、翻訳などのUIを手で組み、動かしました。これはAI生成の上に載せた、従来のコンポジットとモーショングラフィックスです。

チャット、寄付、観客グリッドを含む画面システムの設計シート
Part 4で手動制作した画面システムの資料。

AIは演出の仕事を消さなかった

制作のたびに、工程を減らそうとしました。ビートをプロンプトにできるか。Codexに脚本を書かせられるか。脚本からショットを作れるか。絵コンテを省けるか。3Dやプレートで描く量を減らせるか。人の方向づけを減らすほど、映画は悪くなりました。感情のない脚本、一つのビートに一本の映像、平たい3D、悪いペース。驚くべき素材を作れても、モデルは私がどんな映画を望むかを自動では知りません。

基礎を戻すと、AIは使いやすくなりました。脚本でドラマを書き、絵コンテでショットを切り、アニマティックで時間を決め、カメラ、パース、ポーズ、演技、連続性を見ます。生成結果が間違っていると分かるのは、その必要を理解しているからです。きれいな映像が3秒長いと分かるのも、反応の間を知っているからです。

私の現在の考えは、伝統的な技術が無意味になったというものではありません。むしろ、脚本、絵コンテ、描画、アニメーション、編集、演技、音楽を知るほど、道具を正確に使えます。道具は試行の幅を増やし、基礎知識は判断を与えます。小さな独立チームには強い組み合わせですが、学習データ、環境、雇用、労働の価値をめぐる問題を消すものではありません。

『AIを使ったか』だけでは、制作の面白さを説明できません。誰が何を決め、どの部分を道具に任せ、どこで人が画面の責任を引き受けたのか。『手描き』では、その往復が制作方法であると同時に、映画の主題になりました。

一日だったはずの映画を、約一か月で

Higgsfieldが映画祭の締切をさらに二週間延長してくれたことで、最初は一日のハッカソンだったものが、最終的に約一か月の制作になりました。二つの仕事を抱えながらの制作で、延長は大きな助けでした。Json Cunananと私はレビューし、決め、最後の素材を統合し、完成版を一緒に届けました。

映画の主題も制作方法も、簡単な結論には戻りません。AIを嫌うアニメーターが、AIを使って自分の経験を映画にする。映画の中で彼女が別の映画を作り、AI映画祭へ提出する。私も同じ矛盾の中でこの映画を作りました。再帰の終わりにあるのは、議論の勝敗ではなく、一本を作り終える行為です。

まだ直せる箇所はあります。生成映像の不整合も残っています。それでも、完成して、英語字幕を付けて、映画祭のために公開できたことがうれしい。最初は一日だけのつもりだった映画が、約一か月と二人の判断を経て、ここまで来ました。『手描き』を作り終え、Higgsfield映画祭へ送り出せたことを、私は本当に幸せに思います。